2008年08月31日

スイーツ系(笑)

ネットでは「スイーツ(笑)」という言葉がはやっているらしいって大分前のことか。日本は言葉の活気がすごいな。これはいろいろと複合的な面白い現象だと思うけど、とにかくまず、wikiで書かれている揶揄の対象とされる言い換えの言葉の群れに驚いたなあ。

・巻き毛(特に、顔の内側に向けたもの)→ふわモテカール(笑)

これはもうギャグだろ? 美容院で「ここは”ふわモテカール”でお願いします」とか言うと、店員がカール係の人に、「ふわモテカール」一丁!とか声をかけるのかな。なんていうか、これは頭が弱いとかよりも、自分たちの周囲をそこまでお菓子で飾んなくきゃ生きていけないのかって思った。この人たち、現実に怯えて必死にお菓子の世界に逃げようとしている可愛そうな人たちだよ。で、それを必死にまたメディアが助けているわけで。

ところで、スイーツ系(笑)映画ってのがあるらしくて、恵比寿ガーデンシネマでやってそうな映画ってのが一つの定義として挙げられていた。うーん、個人的にはちょっと違うと思う。あそこに集まるのは東急でばんばん買い物して、会員招待でバレエ見に行くようなおばさんが主で、雑誌の化粧特集を必死に読んでいる2〜30台の女性というよりかは、もっと余裕のある感じ。んじゃ、どれがスイーツ系かというと、シネスイッチじゃなくて、えーとシャンテシネじゃないかな。旅行会社の宣伝にのせられて『長江哀歌』とか見に来る人たち。まあ、あれはおじいさんおばあさんがおおかったけど。

まあそういう連中のことなんてどうでもいいけど、思うのは日本の映画に関する宣伝って確かに「スイーツ系(笑)」の宣伝なんだよね。だから東京で映画館に行くのはなんだか疲れる。
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Jean-Pierre Dardenne/Luc Dardenne, Le Silence de Lorna(ロルナの祈り), 2008

タルデンヌ兄弟の最新作。フランス国籍を取得するためだけに酔っぱらいのフランス人と結婚したロルナが、だんだんと旦那に愛着を感じていくというお話し。この、はじめに描かれる冷え切った夫婦の関係ってのがほんとリアルで胸に応える。これはけっこう好きな映画だな。
http://www.cahiersducinema.com/article1671.html



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2008年08月30日

Mathieu Kassovitz, BABYLON A.D., 2008

10人いれば9人は否定的な態度を取るであろうこの映画。私は肯定派なんです。べつに、偏屈だからじゃなくて、ほんとにけっこうよくできていると思うから。とくに、各シーンごとに雰囲気が違っていて面白いし、その場所の雰囲気がとてもよく出せている。

冒頭で主人公が目を覚ます東ヨーロッパのマンションと、その周辺なんかは無駄にディティールに懲りまくっている。ヘリで運ばれる車っていうのもすごい。駅前の群衆。そんでロシアの混沌とした場所。雪を突き破って浮上する潜水艦に群がる人々、それを打ち落とす人。国境の雪原を守る無人戦闘機。この映画は、こういうシーンを楽しむ映画で、カメラもよい。んでも、あなたはいろいろ不満がある。「オリジナリティがない」とか「ストーリーが無駄くさい」とか。まあそう。でもそれには理由がある。

まず、確かに未来を舞台にしているのに、これが未来だ!みたいなはっきりしたイメージを提示していないこと、これが凡庸に見える原因の一つだと思う。そして、そういうギミックは最小限に抑えられているといっても良い。それはむしろ意図的なこと。んでも、実はちゃんと未来だぞっていうイメージはちゃんとだしてある。それは世界がもっと混沌としているってこと。各地で戦争、難民、怪しげな宗教団体の持つ恐ろしげな力、などなど。つうか、それ未来じゃないじゃん、っていいそうなくらい今に近い。でも、まあそんなに設定が未来じゃないし本当はこれこそがリアルなはず。つうか、どんな未来があるとしても、脳にコンピューター埋め込んだりするようにはならないんだよ。この映画が描きたい未来はファンタジーじゃあないんだ。

んだから、これは一種の黙示録なわけだよね。そんで、それに見合うだけの格調があると思う。ヴァン・ディーゼルにMélanie Thierryは、役柄にあまりにぴったりだ。そんでMichelle Yeohが助演級な役で出ているのも、人種的なカオスという演出。それに、これだけの距離を短期間で移動する映画ってのは『赤い河』以来だという人もいるくらいあんまりない。車、電車、潜水艦、アイスモービル、飛行機っていうのけっこういいと思うな。まあ、ロードムーヴィーと言えるかどうかは分からんが。

話がこれで終わるのはたしかに納得いかないし中途半端な気はする。でも、この、陰鬱な未来のイメージってのはかなり上手いと思う。みんな、SF映画では未だに『ブレード・ランナー』を超えるものはないとかいうけれど、今はああいう一種ゴージャスな未来なんか描きはしない。まあ、ゴージャスもあり混沌もあったけどさ。でも、今、人々が実際に抱いているリアルな未来のイメージってのは、ほんとにこの映画が描いたような感じのものだと思うんだよね。その、誰もがもっている暗い未来のイメージってのを忠実に再現したからこそ、オリジナリティがないように見える。でもそれが私にはむしろ誠実なアプローチに思えるし、旧約的なギミックも新鮮だった。だから今はみんな文句いってるけど、今後リアル志向のSFつったら、これが一種のベースになると思う。まあ、そもそもリアル志向のSFなんてそう撮られないかもしれんが。



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2008年08月27日

Dave Filoni, Star Wars: The Clone Wars(クローン・ウォーズ), 2008

今月アニメ映画を三本みて、さらにこの映画の予告編を見たときにほとんど確信したことは、アニメ新時代が始まっているということだ。これはきっとすでに批評家たちが口を揃えていっていることだろうと思う。"Waltz with Bachir"は俳優の演技を排することで獲得するリアリティというものを提示し、アニメの分野を画期的に拡大した。従来のファンタジーやSFといった分野でも、アニメだけがなしうる表現があるということを"Wall-E"は改めて見せてくれた。『カンフーパンダ』も、従来実写で撮られてきたカンフー映画というジャンルを見事にアニメにしてみせた。そしてこの、『クローン・ウォーズ』は、最近のCGを多用したハリウッド映画が、いかにアニメにもともと近かったということを確認させてくれた。世界に衝撃を与えた『もののけ姫』から10年たった今、アニメは従来のジャンルの垣根を越え、かつてなく拡大しようとしている。

さて、『クローン・ウォーズ』は最近見た四本のアニメのなかで一番予想内の出来で、90分という時間といい、娯楽映画としてとても無難な仕上がり。戦闘のシーンなんかは実写版よりすごいくらいに書き込んでも面白いはずだけど、それはやらずに、アクションを丁寧に見せようという作り。ライトセーバーの戦いなんて昔のシリーズからあんまり変えようがないので苦労したと思う。でも、それなりに工夫をつけようとしているのは分かった。でも、『スター・ウォーズ』じゃなかったらもっと冒険できたのに残念だな、という思いと、いかにも初期の『スター・ウォーズ』みたいなお気楽な感じで嬉しいな、という思いとが中途半端に混じり合っている。そのへんが、評価を下げるところなんだけれど、まあしょうがない。

でも、個人的にはほんとに30年前の方のシリーズそっくりの、つうか当時はほとんどハリソン・フォードとC3POの役回りだったんだけど、ギャグを絶えず言っている感じが懐かしかった。展開自体もギャグっぽかったり。これっていかにもアメリカ的なノリだと思うんだけど、これの起源はやっぱりホークスあたりにあるんでしょうかねえ。

さて、この映画の使用法。『スター・ウォーズ』オタは真っ先に見てネットでの議論に没頭することができる。子どもは筋がとても追いやすいしセックスシーンもないので安心して楽しめる。テーィンくらいは字幕がなくても聞き取れるはずの英語で勉強できる。最後に、語学完璧の大人だとしても、子どものころを思い出して懐かしむくらいのことはできる。まあ、こういう息の長いシリーズだとどうしても欠点はあるものの、それを補ってあまりあるものがあるんじゃないでしょうか。



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2008年08月25日

Rémi Bezançon, Le premier jour du reste de ta vie(The First Day of the Rest of Your Life), 2008

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約二時間の上映時間が、五人家族一人一人に焦点を当てたチャプターに分かれているので、五人主役がいることになる珍しい映画。それぞれにとって「決定的な日」はそれぞれ違うので、時間が少しいったりきたりする。けれども、だいたい年代順になっているので、一家族の年代記という感じ。これが群像劇ではなく、家族一人一人を順番に描いた、というのがとても現代的。これは、別に心して見る必要はありませんが、なかなか名作だと思います。

それぞれのアヴァンチュール、愛の挫折、孤独、ほかの家族との関係、夢、などなどが各人ごとに語られていくので、観客はそれぞれに歴史があることを知り、五人ともに感情移入していく。家族全員に感情移入させる映画というのは今までに見たことがない。とくに、三人の子どもがいろいろありがならも成長していき、最後に満を持して登場するのが父親だという演出も憎い。最後のシーンで母親が取るほんのささいと言える美しい行動に至っては、不覚にも涙してしまったではないか。

うむむ、こえが二時間だというのが信じられない。ビバリーヒルズ2本ちょいくらいに、シリーズ一回分くらいつまっている感じ。映画ってのはこういうことができるんだなあ、ということを改めて思い知らされたなあ。でも、最後まで警戒を解かなかったのは、音楽の使い方があざといくらいに上手いからなんだよね。音楽なんかで感動してちゃあ悔しいじゃないですか。しかもルー・リードとか ボウイとかだし。というか、これは一種のロック映画としても楽しめるんです。バックに流れる音楽がとても印象的なんだよね。これ、古典的な使い方なんだけど、やっぱり上手い下手はあるんだよね。これが才能ってやつだ。


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2008年08月24日

Safy Nebbou, L'Empreinte de l'ange, 2007

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フランス映画の得意分野の一つ、サイコスリラーの佳作。これは予告編の出来がものすごいよかった。

リンク切れの場合は公式からどうぞ。

さて、 bande annonceでも印象的なバレエのシーンがハイライト。これはかなりすごい。舞台のそでで他人の子どもの演技を見つめるキャサリーヌ・フロに、彼女をちらちらと見るその女の子の視線のなんとも艶めかしいこと、そして、客席からなんとなくフロの存在を感じ取るボネール。この三者の視線の交錯。いやあ、とても映画的だ。やっぱりフランス映画とかって、純粋に映画的なシーンでぞくぞくさせてくれるね。このシーンだけでもこの映画見る価値ある。

で、とにかくフロの演技、というか、完全になりきっていて怖いんですけど彼女。ボネールに打ち明けるシーンなんかでは、話し終わった後の顔のなんともいえない表情が、演技ではとてもできないような類の本物の顔になっていてぞっとする。これは文句なく彼女の最高傑作なのではないでしょうかね。『女はみんな生きている』での愚鈍な女みたいな演技とは雲泥の差があるよね。とにかく、彼女の能面のような表情がとっても怖いんです。ヒース・レジャーのジョーカーなんかよりよっぽど狂気よっぽど怖い。

なんつーか、この監督さんはモンタージュが古典的な感じで上手いんだよね。一つのシーンでも、一つ一つのショットがうまくリズムを作るようにしているし、全体でも、シーンをとてもうまく配置して、緊張感をくずさない。基本はシナリオにどう演技させるかだけど、それを活かすも殺すもモンタージュとショット、編集とカメラなわけで、それが上手いってことがよくわかる。これ、習ってできるものじゃあないだろうから、やっぱり天性のものだよね。

そんで心臓に悪いこの話の結末は、なんとももやもやしたまま。そしてこれがまたすごい。どうしようもない感情とか、どうしようもない年月の重さ、みたいなものをそのまま観客に投げ出しているわけだけど、それは現実にそうであるしかないようなものなので、これは正しい、というか、とてもよくテーマを理解していると思った。というわけで、何を言っているか分からないと想うけど、子どもをお持ちの方や、ロリコンかわいい白人の少女が特に好きな方、スリラーが好きな人などにお勧めです。
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2008年08月23日

なんかおかしないまの日本映画の世界

日本映画界というのは駄作を量産することを恥じない世界で、これは世界的にみても特殊なことだと思う。普通、酷評され興行も悪ければ次の映画を作ることは難しい。ところが、日本映画界ではひどい評価を受けた映画を作ってもけっこうみんな平気にしていて、やっぱり絶えず低レベルの映画が作られている。いまの日本映画が好調だというのはよく言われているけれど、レベル的にはそう大騒ぎするほどのものではないと思っているし、何より一番記憶に残っているのは歴史的といえる駄作群なわけだ。

たとえば『ドラゴンヘッド』なんかは予告編だけで寒気がするほどの出来だった。本編はみてないけど、予告編だけであれだけ駄目な感じっていうのはすごいと思う。予告編だけでも見た配給とかの人はこれを劇場でやるの命がけで止めたりしないのだろうか。これかけている劇場の人とかは生きているの嫌になって自殺したりしないのかな。でも一番興味深いのは、これを見てすごい面白かった、とか書いている人だよね。そういう人のいままでの人生のほうが映画より興味ある。今までどんなつまらないものばかり見たりしてきたらこれを面白いと思えるほどになるのかっていうか。生きた実験体だよね。

ほかにも『少林少女』とか『キャシャーン』とか『スチームボーイ』とか『大日本人』とかいっぱいある。これだけリストがあるのだから、刑罰の一つとしてこういう映画ばかり見せられる刑ってんもあってもいいと思う。いったい何作品まで精神が破壊されずに見ることができるのかっていうか。

でもきわめつけは『デビルマン』らしいね。さすがにこれだけ評判が悪いと見てみたくなる。映画の学校なんかでも、どこがひどいのか、みたいなことを教えるために駄作を見せるっていうのはありだと思うんだけど、さすがにこのレベルになると教材にさえならないだろうな。だって、駄目だったシーンの解説をつなぎあわせると、映画全体の詳細な筋ができあがるっていうじゃないですか。そこまで駄目なシーンばかり作れるっていうのは才能だと思う。普通、そこまでできないものだと思う。っていうか、撮っている最中に監督殺されたり、出演者自殺したりしなかったっていうのが不思議だわ。

思うのは、日本の映画界っていうのは映画好きがそんなにいないってことだよね。ケチで強欲な人間ばかりがかかわっているんだろうな。商社とか広告とかそういう世界の連中なのだろうな。あんまりにもレベルの低い映画がこう日常的に周りにあると、やはりいい映画作っている側のほうにも悪い影響がある。緊張感がなくなるというか。一度明らかな駄作にかかわってしまった俳優や技師は使わない、くらいのルールを作ってやってほしいわ。少なくとも、そういう作品の作り手を断罪していくってことが公の場でもっとなされるべきだと思う。
ラベル:日本映画
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2008年08月22日

Chu Yen Ping, Kung Fu Dunk(カンフー・ダンク), 2008

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エリック・ツァンが若いカンフーできる男の子をバスケの選手に仕立てて大喜びの映画。えーとちょっと違うかかな。でも、エリック・ツァンがほとんど主役だったと言っても良いと思う。ジェイ・チョウもまあかわいかった。でも、チェン・ボーリンとかバロン・チェンとか無駄に豪華だよね。豪華な俳優に最高の技術者たちが結集して、なんだかわけわかんないすごいバスケ映画を作った。ほんとに変な映画だ。

とにかく、筋がものすごい適当。初めのいろんな設定がほとんど無駄。ものすごい適当にいろんなありがちなシーンをつなぎ合わせているって感じて、そのへんいかにも香港映画っぽい。でも、設定が終わったあたりの、バーでの戦闘のシーンなんかはかなり豪華な感じだし、香港も未来都市な感じで素敵だ。バスケ仲間の設定なんかもいかにもありがちな感じ。最後の敵なんかはいかにも『カンフーサッカー』だ。しょうもないラブコメもある。んで、それだけ適当に周辺的なものを並べて、ひたすら痛快なバスケシーンを中心に据えて、これだけ見られる映画になるのだから、香港映画の懐の深さみたいなのがよく分かる。でも、大半はエリック・ツァンのおかげなんだけどね。

どういうわけか『インファナル・アフェア』でも一番存在感のあったツァンだけど、ここでは本来の持ち味である好々爺を演じて当たり役だと思う。フレンチレストランの外の道でディナーをするシーンが、この映画の一番いいシーンになっているのも彼のおかげだ(彼の娘さんの女優さんもすごい)。だから、最後がこのシーンで閉じられるのはとても必然的なのだけれど、個人的にはシャーリン・チョイとのからみをもっと見せてほしかった。彼女どうしようもなくキュートだもんな。ツァンと彼女がいればどんな映画でもいいね、もう。

そうそう、この映画の売りであるバスケシーンも見事。やっぱりサッカーよりもバスケのほうが映画映えがするなあ、と思ったのだった。細かい動きが多いもんね。なので、バスケ映画なら別に無理してカンフーでなくても十分に面白いものになるのに、無駄にカンフーなのが香港映画。でも、はじめ主人公がうまくバスケでカンフーを使いこなせない感じなのはすごいよかったので、もっとそういうシーンがほしかったなあ。最後、時間まで戻しちゃうのは笑うしかないところで、2.5億円もかけたという豪華なシーンにはほんとにお口あんぐり。

水素よりも軽いノリの映画だけど、むしろそこがいい。役者もいいし、撮影もすごいけど。なんだか、それ以外の要素をどれだけ適当にしても大丈夫か、という実験映画なのか実は?という気もするけれど。しかしほんとにこの気の抜け方は香港映画だよなあ。いいよなあこういうテキトーな世界。とにかく、再びツァイさんに惚れ直し、チョイさんに惚れた映画でした。『ツインズエフェクト』も見よっと。



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2008年08月21日

Louis Leterrier, The Incredible Hulk(インクレディブル・ハルク), 2008

マーベル・スタジオ第一弾の映画である、ということを事前に知っておかないと混乱する映画。いたるところにテレビ版の俳優が出てきてアップになったり、次のマーベル映画への伏線があったりして、うーん、どこへんをターゲットににしているのだろうかって感じ。エドワート・ノートンはもちろんいいし、彼の使い方もぴったりだと思うんだけど、ハルクに変身しちゃうからなあ……。変身したハルクがノートンの演技にかなわないっていうのが一番の欠点かなあ……

冒頭はなんか斬新でどきどきして、冒頭俯瞰で映されたブラジルの田舎町が戦場になるあたりなんかもわくわくするんだよね。でも、その映画的な興奮がだんだん失速していく。なんか馬鹿みたいなアクションシーンがつまんないんだと思う。敵役の将軍もよくない。で、じつは冒頭のシーンはテレビ版のまんまだっていうじゃないですか。これ、監督、明らかに雇われだな。どっちかっていうとこれは、マーベル映画シリーズへの布石第一弾ってとこ。

見終わって思うのは、あの不評だったアン・リー版のがよほど優れていたってこと。なんかハルクの怒りってものがものすごいよく視覚化されていて、ハルクの哀しみみたいなのもよく描けていたし、美女と野獣みたいな図式もこちらより美しく使っていた。やっぱり、あの監督はただものじゃあなかったんだね。こちらは普通の怪物映画アクションだもん。

ただ、脈拍200超えると怪物になっちゃって、それを気にしながら逃走したりしっていうのはかなり面白い設定だし、ノートンにぴったりだった。でも、だったらその設定で、ハルクとは違う映画作ればもっと面白かったのにな、って思っちゃうんだよね。なんか、ノートンってあれだけすごい俳優なのに、映画史に残る決定的な作品に恵まれていない。ていうか、今のハリウッドがそういう映画を撮れなくなっているっていうのが問題なんだと思うんだけど。



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2008年08月20日

Timur Bekmambetov, Wanted(ウォンテッド), 2008

こんなアクションシーン見たことない! って感じさせる映画ってここんとこあんまりないと思うのだけど、これはその一本。第一、カーアクションで見たことないっていうのはすごいことだよ。今まで数千ものカーアクションシーンが撮られてきたけれど、これはそのなかでも間違いなく最高のカーアクションが撮られている(つうか、「作られている」と言うべきか。CGでね)映画だと思う。

すごいだよだって。アンジェリーナ・ジョリーがガラスぶち飛ばした車のフロントから体上向けで出して、後ろむかって銃撃ちまくるんだよ。この体の使い方ってのは今まで見たことない。そんでさらに、車をわざと横にぶっ飛ばして、バスにぶっつけてその衝撃で横たわったバスの上に着地して走って降りるんだよ? そんでさらに… まあもういいか。列車アクションというか、列車のいろんな使い方にもびっくりした。こういうのって一度発明されるとみんな真似するから、この映画、のちのいろんなアクション映画の父になるんだと思う。だからこれはすでにカルト映画だね。

『マトリックス』を超えた! とか言っている人もいるけど、私にとってあの映画のアクションは笑えるものでしかなかったんだよね、あまりに頭脳的というか。でもこっちはなんかもっと感覚的な感じがする。身体的と言うべきか。弾丸の軌道を銃を横に振りながら撃つことで曲げるとか、一瞬に集中することで異常に増幅された動体視力を利用できるとか、そういうところ。そういうのって、私たちの日常的な感覚からなんとなく理解できるような、あるいは、日常的な感覚の延長上にあるような気がするんだよね。身近な感じのスーパー能力つうか。よくそういうの映像にできたなあという気がしますね。俳優たちもみんなよい。



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