2008年10月27日

Douglas Sirk, Imitation of Life, 1959

Douglas Sirk初体験。うわーこれはすごい映画だ。基本はメロドラマなのに、容赦なく厳しい人生を描いてみせるし、ドキドキハラハラものだ。これって、アメリカ映画史上最も偉大な映画の一つなのではないだろうか。

先日リストをエントリーしておいた『死ぬまでに見たい1001の映画』には、サークの映画はWritten on the Wind (1956)とAll That Heaven Allows (1956)は入っているけれど『悲しみは空の彼方に』は入っていない。まあ所詮ある程度大衆性を持たせた本なのでしょうがない。にしても、この映画は金井美恵子の『愉しみはTVの彼方に Imitation of cinema』で知って以来気になっていたので、見られて本当に嬉しい。しかし、今まであまり見る機会がなかったということ自体が責められるべきではないだろーかね。
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2008年10月26日

1001 Movies You Must See Before You Die

A Trip to the Moon (1902)
The Great Train Robbery (1903)
The Birth of a Nation (1915)
Les Vampires (1915)
Intolerance (1916)
The Cabinet of Dr. Caligari (1919)
Broken Blossoms (1919)
Way Down East (1920)
Within Our Gates (1920)
The Phantom Carriage (1921)
Orphans of the Storm (1921)
La Souriante Madame Beudet (1922)
Dr. Mabuse (1922) Parts 1 and 2
Nanook of the North (1922)
Nosferatu (1922)
Haxan (1923)
Foolish Wives (1922)
Our Hospitality (1923)
The Wheel (1923)
The Thief of Bagdad (1924)
Strike (1924)
Greed (1924)
Sherlock, Jr. (1924)
The Last Laugh (1924)
Seven Chances (1925)
The Phantom of the Opera (1925)
Battleship Potemkin (1925)
The Gold Rush (1925)
The Big Parade (1925)
Metropolis (1927)
Sunrise (1927)
The General (1927)
The Unknown (1927)
October (1927)
The Jazz Singer (1927)
Napoleon (1927)
The Kid Brother (1927)
The Crowd (1928)
The Docks of New York (1928)
An Andalusian Dog (1928)
The Passion of Joan of Arc (1928)
Steamboat Bill, Jr. (1928)
Storm over Asia (1928)
Blackmail (1929)
The Man with the Movie Camera (1929)
Pandora's Box (1929)

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2008年10月18日

Michel Gondry/Leos Carax/Joon Ho Bong, Tokyo!, 2008

外国人三人が東京を題材に映画を作った。東京がこういう形で外国人監督を結びつけるのは面白いよね。もしこれが「日本」だったら映画にはなんないけれど、東京だからこそなんとかテーマ性が生まれる。これはいい企画だと思う。これがパリだったら世界中の人が見るだろうか。そうは思わない。やっぱり東京だからこそみんな見に来る。

で、初めのフィルムがすごい。これフランス人が撮ったんだよね。でも、なんかすごい日本人のことよく分かっている感じがする。みんなすごいナチュラル。すごい不思議。とくに女の子の描き方がすごい。友達の女の子の悪口とか、彼氏となれなれしくする女の子とかに苦しめられるくだりなんか、もうすごい日本の女の子な感じ。そういう微妙なものをいったい監督はどこで知ったのか。びっくりしすぎかなあ。で、最後のファンタジーというか悪夢的な展開もすてきだ。これだけ日本人が外国の監督のもとで自然っていのはやっぱり稀なことだと思う。と思ったら原作のコミックがあったのか。でもそれもフランス人が書いたものらしいけど。スティーヴン・セガールの娘だという藤谷文子もCMぐらいでしか見たことないと思うけど、キュートでよかった。

次のカラックス……ドニ・ラヴァン。と思ったら超変な怪人の役やらされているし。はじめのずっと長廻しな感じで銀座を歩きながら奇行を行うシーンはすごいよかった。東京の、いろんな人がごっちゃになっている感じがよく伝わってくる。ただこれ見て思うのは、東京に下水道はないってこと。日本人が誤解しないといいけど。社会風刺みたいなのやっているのは日本人にはあまり面白くない。よく知っていることだから。南京事件みたいな表象を強調するあたりもフランス人だなあという感じ。で、裁判とかになると退屈になってくる。カラックスなのにちょっと全体的に観念的すぎるというか、ナイーヴな気がする。うーん。八年も撮ってないから腕が鈍ってるんじゃないかなあ。

最後のポン・ジュノ。これは「引きこもり」が題材っぽいけれど、実際はポン・ジュノ節全開。小さな世界の美学。部屋の雰囲気なんかは昭和時代の文学青年の雰囲気もする。不思議なものだ。蒼井優の使い方なんかは感動ものだ。彼女が起き上がりなり、「押した?」って聞くあたりなんか日本語として完璧で涙が出る(わけわかんないって? まあ気にすんな)。そうだ、竹中直人がいかにも彼な役柄で出てくるのにも涙した(ウソ)。まあ小品として上手くまとまっていて悪くない感じがした。日本の俳優がいい映画に出ているっていうのはほんと嬉しいものだ。



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2008年10月16日

Martin Provost, Seraphine, 2007

セラフィーム・ルイというルソーと同時代の画家のお話。彼女はルソーとかを初めて発見していた絵画コレクターん家の家政婦だった。これを『アメリ』の管理人役でお馴染のヨランド・モローというちょっと牛っぽい五十代のベルギー人が演じている。彼女が映画の冒頭でいきなり足をむき出しにしつつ、鳥にパンくずをやるためにその巨体を見事に駆使しつつ木の上に登るあたりで、「ああいかにもフランス映画」と思ってしまうのはきっと間違っていない。

この冒頭のシーンにはいろんなことを読み取れる。いい機会なので一つのレッスンとして示しておきたい。まず、五十代のおばさんが主役だということがこのシーンではっきりと示されるわけだけど、おばさん、しかも巨体の女性が映画の主役になりうる国っていうのはフランス以外にあまり思いつかない。考えてみると、これってすごいことだと思う。次に、その女性があろうことも足をむき出しにしちゃいつつ木に登るということ。ここで、彼女の日常生活がほかの人のそれとはちょっと違うものであることが示されるわけで、いわば日常という枠からの侵犯行為だといえる。そして、主役の女性の選択において示されたある種の逸脱と、木に登るという行動において示された日常行為におけるある種の逸脱とが合わさることで、この映画が示す方向性が見えてくるわけだ。

どういうことか説明しよう。この二つの逸脱がほとんど自然な形で、逸脱とも言えないような自然さで提示されるのだけれど、その逸脱の仕方が彼女の自然な特異さというのをほのめかしているわけだ。だから、彼女が教会で蝋を少しくすねたり、外で草をいきなりむしりだしたりするのを見ても、いかにも彼女らしい感じがするし、ああこれは「絵」だなというのが周囲にあふれる自然がすでに豊富に映しだされていることもあって、容易に想像が付くわけだ。ええと、いや、彼女の日常の描き方がとても秀逸なわけだな。

まあそんなわけで、演出もかなりうまいのできっといい監督に違いない名だけど、日本でぜんぜん公開されていないようなのはちょっと残念な感じ。ヨランド・モローはすごい存在感と演技で、フランス映画の底力というのをつくづく思い知らされてくれる。やっぱり50台の女性を主人公にできるっていうのはすごいよ。お話しもすごい面白い。

で、一番びっくりなのが、ルソーの絵を手にとって見ているよママン、ということではなくて、セラフィーム・ルイの絵。これはほんとにすごい、つうか、こんな画家のこと知らなかったよ全然。ゴッホみたいな感じで、彼女に比べるとルソーがおとなしく思える。絵の雰囲気は完全にあっちの世界に行っている人な感じで、彼女の絵を見る人たちがみんな言葉を失って呆然としているのがすごいよく分かる。そして、手なんか使ったりしながら書いている光景も面白い。

興味深いのは、これだけの天才が家政婦しながらひっそりと絵を描いていたってことだよね。まあ、どんな境遇であれ、才能あるというか、人とかなり違うもの、というか人よりある種のものを強烈に感じたり思ったりする人間というものはいるものなんだよね。彼女に、絵画コレクタのドイツ人が「連中はきみの絵なんか分からないんだから何言われても気にすることはない」とか言って、すごいプッシュするんだよね。そんだけ一発で評価できるっていうものまたすごいこと。天才は一人だと単なる変人だけど、理解者がいて初めて天才になるってわけ。これ普遍の法則ね。



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2008年10月15日

Jacques Doillon, Le premier venu(誰でもかまわない), 2007

東京では「フランス映画の秘宝」という特集があって、蓮實さんが映画リストを作ったらしい。で、それを見た人の感想で、印象に残ったのが次の六つだったってネットにあった。

1『曳き船』
2『最後の休暇』
3『海の沈黙』
4『肉屋』
5『野蛮な遊戯』

グレミヨンとかおおっぴらに映画館で見られるなんて、すごい幸せなことだよね。いいなあ。で、この企画に含まれていたのがドワイヨンの新作。これは見ました。でもこっちでは監督自身が紹介してくれたのでその点は東京に負けていないはず。

で、お話しはちんぷんかんぷんだった。でも、変だったとしか言いようがない。主演の女の子の表情とかまなざしがとても印象に残る。で、カメラは手持ちみたいで二人の周囲をぐるぐる動くみたいな映像だけど、これが悪くない。ひたすら変な人間関係を表象することに重点を置いている感じ。

で、最後の一連の展開にはもうびっくり。あ、ぜひ報告しておきたいんだけど、隣に座っていた女の子たちは何かあるたびに、びっくりしたり息をのんだりあきれかえったりしていて可笑しかった。なんつーか、まったく展開が読めないので、そういうのが好きな人と一緒に見ると盛り上がれるかもしれない。



タグ:Jacques Doillon
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2008年10月14日

Guillaume Depardieu死す

Guillaume Depardieuが死んだ、ということが大ニュースになっている。この人はジェラール・ドパルデューの息子であるということで有名なのではなく、今のフランス映画界で最も将来が期待されている男優さんだったみたいな人らしい。残念ながら私は二本しか彼の映画を観ていない。しかも一本はもうほぼ九年前のだ。それは『ポーラX』。あ、そうかあの俳優がギュームだったのかー、つうことはあんときすごい若かったんだなあって思った。不思議なことにカラックス監督の最新作が『Tokyo!』が今年公開なのだ。

で、ギョームのきっと最後の映画がリヴェットの『ランジェ公爵夫人』らしくて、これもいい映画という話。で、私が最近みたのが『ヴェルサイユ』というやつ。超かわいいちっちゃい女の子を抱えて困っちゃう薬の人がギョームだった。これはいい映画だったのだけど、感想がなんか書きようがなかったので放っておいたのだった。

日本では彼はあまり有名じゃないんだけど、それって無理がないんじゃないかな。ハリウッド俳優じゃないんだし。でもこれは文化的な違いも原因のはずで、彼がどんないい演技をしていても、フランス人のことがよくわかってないと、細かいところまで見えてこないと思うんだよね。最悪、「ふーん、フランス人ってこんなんなんだ」で終わっちゃう。たとえば、浅野忠信の演技を見て、フランス人がいい俳優だと思うかどうかって問題。やっぱり彼らは「ふーん日本人ってこんなもんなんだ」って思うのがせいいっぱいではないだろうか。浅野がそうかはわかんないけど、演技が微妙なものになればなるほどそうではないかという気がする。とくに今日の映画では。どうでしょうかね。まあ俳優にも依るのだろうけれど。
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2008年10月11日

Pedro Almodóvar, ¡Átame!(アタメ), 1989

カメラマンJose Luis Alcaineのレトロスペクティブということで見られたこの映画。いやーやっぱりアルモドヴァルの映画は劇場で観るに限りますね。実は劇場でしか見たことないけど。それにしても、この映画、アントニオ・バンデラスがあんまりな役柄で、若かったものだから最後まで名前が思い浮かばなかった。いやー、若い頃こんなリスキーな役に出て、今の地位をつかんだんだね彼。大物だ。

アルモドヴァルはほんと食えないおっさんだ。誘拐事件が一方で展開しているあいだに、車椅子での老人のダンスを見せつけさせる。この人、小津みたく、でももっと大胆に頭どっかぶっとんでいると思う。たとえば、Rickyが誘拐中のMarinaをまるで結婚して新居に移るかのように勝手に隣の部屋に移動させるとき、まるで花嫁が花婿をかかえているみたいな演出で、容赦なく甘い音楽を流す。このシーンの奇妙さは、ここはあとで二人がつっつく伏線だなどと映画解説者が得意げに解説してみせても消えるものではない。そして、二人のセックスシーンをこれでもかというくらいにじっくり見せること。いやはや。

この、なんともいえない奇妙で複雑でわけのわからない感情の積み重ね。こんな映画を撮れるもんなんだなあ。そして、ついに彼女が妹を前にして、「彼を愛している」と、告白とも確認ともいえない感じでつぶやくシーンのおかしさと哀しさ。なんとまあ、これだけシンプルな筋で、これだけシンプルな言葉で、これだけ感動させられるってのはなんなんでしょうか。

最後、廃墟の町にたたずむRickyをMarinaが妹と共に訪ねていくシーンはあまりにも美しい。映画史に残る瞬間だと言ってよい。そして、車の中で三人をワンシーンで収め続けるカメラのすばらしさ。妹は再び歌を歌い、姉は黙っている。それだけで妹の、この人の姉への愛と信頼と、愛そのものへの信頼を語り尽くしてくれる。このシーンが、このワンシーンワンショットが映画の中で最も長いショットであるのは必然で、これを撮りきった監督の力量というか、センスというか、映画観というか人生観というか、とにかく驚嘆ものだ。そして、映画を見終わったあとで、不意に訪れる信じがたいほどの感動を前にして、私はアルモドヴァルが、小津やホウ・シャシェンと並んで自分にとってもっとも重要な監督の一人に違いないことを確信することになったのだった。



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2008年10月10日

Julio Medem, Caótica Ana, 2007

フリオ・メデムという監督は日本でも知られている人で、その新作。とにかく、女優さんがとてもよい。美人でかわいいし、惜しみなくその放漫な肉体をさらけだしてくれている。最後には髪型とか化粧もかわった数年後の彼女が出てくる話で、それもうれしい。映画ってのはそういえば美人女優へのクローズアップのために生まれてきたんだな、と思わせるような映画。

話は変。なんだかその彼女がhypnotiqueになって別人の、死んだ女性の話をするんだよね。で、みんなが寄ってたかって催眠して話せだの、話したことを聞けだの、彼女にふっかける。でも、彼女は興味があるのか、嫌々なのかなんかはっきりしない感じ。転生なのか、乗り移りなのかもはっきりしない。彼氏の存在も微妙。いろいろすっきりしない感じ。でもまあそれでいいかなって感じ。

とにかく、女優さんの存在感に充ちているんだよね、画面が。ストーリーはね、その口実にすぎなくってもいい。まあ、そうい思えるほどなわけ。いやー、これはすごいね。美人で演技できるってのはすごいね。世界中の人がみたがるんだもんなあ。若くて美しいってことの輝きをしかと見てください。まあ、日本で公開されるかどうかはわかんないけど。

んで、最後のオチの付け方とか、なんか漫画っぽいんだよね。絶対この監督漫画おたくだと思う。なんかそういう気がする。適当な展開とかが日本の漫画っぽい。最後ギャグになりつつも、ぐちゃぐちゃなのが逆にすっきりする、というところがね。なんにせよ、スペイン映画は言葉がきれいだし、なんだか独特の雰囲気があるし、いいですね。
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2008年10月09日

Richard Linklater, A Scanner Darkly(スキャナー・ダークリー), 2006

『バシールとワルツを』と同じロトスコープで作られたアニメということで見てみた。ああ、これはすごいな。とても無駄にすごいし、無駄に偉大だ。こんなことをやる人だったのかリチャード・リンクレイターという監督は、うーん。しかし、フィリップ・K・ディックという人も相当すごい小説家だな。無駄に設定をSFにしているおかげでみんな偉大な文学だとは思っていないみたいだけど……。彼も無駄に偉大だ。俳優陣も無駄に豪華(きっと無駄じゃないんだろうけど)。すごいよなあ、これをアニメで置き換えちゃうんだもん。ああ、なんてカルトな映画。

だから、なんでアニメかってことでしょ。それはアニメのほうが、ヤク中の日常感覚を再現できるってことなわけだけど、これは特殊な感覚だし、あんまり理解されない感じだよね。でも、最初の虫のシーンから、そのへんの意図は明らかで、ホロスコープのシーンなんかはアニメだからこそのリアルさってのに到達していると思う。まあ、マニアックだけど。

これ、普通のアニメとして見るとすごい違和感あるよね。しゃべり方がアニメじゃない。これははっきりと思った。アニメのしゃべり方ってやっぱりあったんだなって思った。そんで怒濤のような言葉言葉。いかれた言葉。いかれた仕事。いかれた薬。いやはや。うーん、なんと言えばいいのかわからんが、これは映像表現というもののある種の極北に達していると思う。

アニメで、こんなことができるということを示したこの映画の功績は計り知れないと思う。まあ、これ以前に"Waking Life"というやはりアニメ作品があるんだけど、それは見てない。うーん。やっぱりアニメってすごいよ。



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2008年10月07日

Pere Portabella, Die Stille vor Bach, 2007


「バッハの前の沈黙」という意味のバッハへのオマージュ的な映画。いろんなシーンが出てきて、いろんな形でいろんな楽器でいろんなバッハの曲を演奏する。シーンの配置とかは下手くそで、長く感じさせるけれど、どのシーンもまあまあよくできている。この映画の素晴らしいところは、バッハの曲の響かせ方にある。ハーモニカでどこだっけか、ゴールドベルクだと思うんだけど、その一部を演奏して見せたり、地下鉄の中でずらーと座席に座ったチェロ弾きが演奏していたり、バッハの役の人がパイプオルガン弾いていたり、バッハの子ども役の人が平均律クラヴィーア弾いていたり、そんな感じ。

圧巻なのは自動オルガンの演奏。誰かが弾いたものをレジストしたものだと思うんだけど、それが紙にデジタル方式で記録されていて、それがぐるぐると流れていって演奏される。で、見ていると穴の配置で音が出ているんだなってことが分かるんだけど、次第に穴の配置自体が音楽に見えてくるんだよね。いかにもデジタルな装置がアナログな音というものに変わるということ。これって別に不思議なことじゃあないよね。だってDNAだってデジタルでしょ。でも、なんというか音楽というものの得体のしれなさを不思議な仕方で感じさせてくれた。ほかにも、楽譜が演奏に沿って流れたりして、それも面白かった。あ、マタイ受難曲の自筆譜を肉屋の包み紙からメンデルスゾーンが発見したのは本当らしいけれど、それ以前に写本を彼は子どもの時に送られていたとのこと。

だから要するにバッハなんだよね。こういうオマージュ、32ものシーンからなるような、シーンごとに楽器が違うような、そんな映画を作れるのはバッハだけだと思う。いかに彼が偉大かってこと。実際、音楽の歴史では、彼があまりにその時代の音楽を完成させちゃったために(フーガとか)、次の時代では旋法よりも和声になるとか、とにかく精確には説明できないけど、大きな変化が起こっちゃった。というわけで、バッハは一人で全部やっちゃった人なわけで、たいへん罪が重いのである。えーと、というわけで、バッハの有名な曲とか好きな人なら、どの曲がどういう風に演奏されているか見るだけでかなり楽しめるはず。
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