2008年08月11日

花輪金一、俳優笠智衆 わたしと松竹大船撮影所、1980



これは大船撮影が取り壊される記念(?)に撮られた記録映画。ほとんどは大船で撮られた笠智衆が出ている映画のカットで占められていて、そこに生笠智衆の語りが入る。これが1980年。つい最近じゃあないか。冒頭で、人気のない大船撮影所にカメラが入っていくシーンや、明かりだけがつけられた撮影所内部で笠が口をぽかんとあけてしみじみと周りを見ているシーンとかでは号泣せずにはいられない(音楽がかかっていなければもっといいのに)。ここに出てくる共演者が、飯田蝶子、彼女には名前を変えろといわれたり、田中絹代、彼女と木下惠介の映画で初めて五分も続くカットにでて大変だったけど、彼女は慣れていたのか堂々としていた、とかがあの『陸軍』での有名な出征のシーンなんかを映しながら語られる。木戸社長には70年の『家族』(山田洋次)で初めてほめられた、とか、ほかには、自分はアフレコがすごい上手かったとか、原さんだけが小津にほめられていたとか、そういうファンには嬉しいエピソードがたくさん。

この、ほかのいかなる国の黄金時代とも比肩しええないと個人的には思っている日本映画の空前絶後の輝かしい黄金時代の中心に位置する笠智衆が、自分のことを「下手な役者」だと当時もまだ考えていて、その謙虚さにびっくりさせられる。というより、とにかく普通の彼の姿が見えて生の彼の声が聞けるということに単純に感動します。いや、というか、終戦のときのことをしみじみと語る彼の声なんか、すでに芸術です。なんなんですか、この人は。いや、だから笠智衆だってば。

80年、まだ彼は生きていて、しかも、そう、90年代まで彼は生きていたんだ、ということ。彼が生きていて、映画に出ていたこと、それは日本映画にとってこのうえなく僥倖であったわけですが、私たちは今でも彼が出ているさまざまな映画を見ることで、その幸せにひたることができる。これはそんな笠智衆への一つの美しいオマージュだろうと思います。
posted by 映画狂人百歩手前 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 1980年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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