2008年09月05日

映画祭の効用とインターネット格差

映画祭の賞なんてもので映画の価値が決まるわけではない。ただ、日本映画なんかは五十年代とかに賞をもらった映画なんかがやっぱり有名で代表作になっているっていうのはある。そして、賞効果みたいな感じで、まあまあの作品の評価が水増しされている場合もある。歴史的に公平に映画を評価する場合、賞ってのは邪魔になるだけだ。

でも、評価よりも重要な効用が映画祭なんかの賞にはあって、これで世界への公開が決まったりする。今でも、カンヌのパルムドールにヴェネチアの金獅子なんかは日本で絶大な効果がある。でも、それ以外の各賞になると、それをもらった国での公開の可能性が高まるという程度。トロントやベルリンなんかは公開拡大に関してそんなに力があるとは思えない。というわけで、映画祭っていうのは基本たいしたことないものだと思う。どんなに映画祭で賞もらっとしても、やっぱりハリウッドのブロックバスターの方が数百倍有名なんだから。そしてやっぱり、映画祭での評価なんてものは当てにならない。

だから、いい映画を見つけるというのはとても難しい。往々にして映画をあまり好きではない人は、いい映画をみつける能力に欠けているのだと思う。けれど、ついつい駄目な映画を選んでしまうというのは誰にもである。ピンポイントで自分の好みの映画を見つけるというのはほとんど不可能だと思う。ピクサーでさえ好みでない人は特に。ただ最近はネットですぐに一般の全体的な評価っていうのは固まってくるから、便利になってきてはいる。でも、それを利用するのはもともと映画が好きな人なわけで、特にそうでない人との差はますます広がっていくわけだ。これぞまさしくインターネット格差。
posted by 映画狂人百歩手前 at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | そのほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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