2008年10月11日

Pedro Almodóvar, ¡Átame!(アタメ), 1989

カメラマンJose Luis Alcaineのレトロスペクティブということで見られたこの映画。いやーやっぱりアルモドヴァルの映画は劇場で観るに限りますね。実は劇場でしか見たことないけど。それにしても、この映画、アントニオ・バンデラスがあんまりな役柄で、若かったものだから最後まで名前が思い浮かばなかった。いやー、若い頃こんなリスキーな役に出て、今の地位をつかんだんだね彼。大物だ。

アルモドヴァルはほんと食えないおっさんだ。誘拐事件が一方で展開しているあいだに、車椅子での老人のダンスを見せつけさせる。この人、小津みたく、でももっと大胆に頭どっかぶっとんでいると思う。たとえば、Rickyが誘拐中のMarinaをまるで結婚して新居に移るかのように勝手に隣の部屋に移動させるとき、まるで花嫁が花婿をかかえているみたいな演出で、容赦なく甘い音楽を流す。このシーンの奇妙さは、ここはあとで二人がつっつく伏線だなどと映画解説者が得意げに解説してみせても消えるものではない。そして、二人のセックスシーンをこれでもかというくらいにじっくり見せること。いやはや。

この、なんともいえない奇妙で複雑でわけのわからない感情の積み重ね。こんな映画を撮れるもんなんだなあ。そして、ついに彼女が妹を前にして、「彼を愛している」と、告白とも確認ともいえない感じでつぶやくシーンのおかしさと哀しさ。なんとまあ、これだけシンプルな筋で、これだけシンプルな言葉で、これだけ感動させられるってのはなんなんでしょうか。

最後、廃墟の町にたたずむRickyをMarinaが妹と共に訪ねていくシーンはあまりにも美しい。映画史に残る瞬間だと言ってよい。そして、車の中で三人をワンシーンで収め続けるカメラのすばらしさ。妹は再び歌を歌い、姉は黙っている。それだけで妹の、この人の姉への愛と信頼と、愛そのものへの信頼を語り尽くしてくれる。このシーンが、このワンシーンワンショットが映画の中で最も長いショットであるのは必然で、これを撮りきった監督の力量というか、センスというか、映画観というか人生観というか、とにかく驚嘆ものだ。そして、映画を見終わったあとで、不意に訪れる信じがたいほどの感動を前にして、私はアルモドヴァルが、小津やホウ・シャシェンと並んで自分にとってもっとも重要な監督の一人に違いないことを確信することになったのだった。



posted by 映画狂人百歩手前 at 02:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 1980年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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