2009年02月18日

Wong Kar-wai, Days of Being Wild(欲望の翼), 1990

何度見てもやっぱりこの映画はいい。初めの方なんか見ていてほとんど恍惚状態が延々と続いてしまうのだ。監督二作目にしてこの完成度っていうのはほんとありえない。Christopher Doyleのカメラもひたすら冴え渡っている。そして、ウォン・カーウェイは女の魅力ってものをすんごくよく知っている。ほんとにこの人は女性好きだと思う。

少しジメっとして自己に沈滞しているようなカリーナ・ラウと、踊り子で気性の激しいマギー・チャンは、明らかに両極に位置する二つの女のタイプを対照的に提示するために出されてきている。そして、二人ともとても魅力的なのだ。だいたい、この二人の顔がどれだけきちんと撮られているか。出会ったときの普通の顔、恋に落ちていく瞬間の顔、そして事が終わった後ベッドで見せる何ともいえない艶めかしい表情、男に甘えてじゃれついているときの表情、怒ったときの表情、これらの過程と表情が二人それぞれにおいて繰り返されるわけなのだけれど、まさに女性というものが見せる魅力的な表情のオンパレードという感じ。

そして、二人がそれぞれヨディ(レスリー・チャン)と別れるときに見せる苦しみの表情。表情だけで濃厚なドラマを語ってしまう女性の顔。私たちが濃縮された人生というカクテルを味わうのはそんなシーンを見るときなのだ。ああ女たち。

この映画はもちろん男たちについての映画でもある。アンディ・ラウ演じる警察官の一夜だけの出会いと恋。ジャッキー・チョン演じるサブがミミに寄せる激しくも哀しい片思い。そして二人の女を捨て養母とフィリピンに旅立ち、電車の中で死ぬレスリー・チャン。いい男ばっかりだし、それぞれの男が見せる表情もまたいい。レスリーの儚い笑顔を見ているとなんだか泣きそうになる。

これは小津の最良の作品にも匹敵する傑作だとぼくは思う。濃厚な映画ってのはどういうものなのかってことを教えてくれる。出ている俳優たちもまさに香港オールスターズ。ほとんどいつも大量の雨が降っている薄暗い香港の街と、狭苦しい部屋の中で繰り広げられる出会いの物語。音楽の使い方も見事。これは、『恋する惑星』とはまったく違う、大人の恋の話だ。続編はあの『花様年華』ね。


posted by 映画狂人百歩手前 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 1990年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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