2011年04月10日

Marcel Carné, Drôle de drame ou L'étrange aventure du Docteur Molyneux, 1937

おそらく日本では未公開の映画。

In Victorian London, the botanist Irwin Molyneux and his wife Margaret Molyneux are bankrupted but still keeping the appearance due to the successful crime novels written by Irwin under the pseudonym of Felix Chapel. Their cook has just left the family, when Irwin's snoopy and hypocrite cousin Archibald Soper that is in campaign against the police stories of Felix Chapel invites himself to have dinner in Irwin's house. Margaret decides to keep the farce of their social position secretly cooking the dinner, while the clumsy Irwin justifies her absence telling the bishop Soper that she had just traveled to the country to meet some friends. However Soper suspects of Irwin and calls the Scotland Yard, assuming that his cousin had poisoned his wife. Irwin and Margaret decide to hide the truth to avoid an exposition of their financial situation, moving to a low-budget hotel in the Chinese neighborhood, getting into trouble. Written by Claudio Carvalho, Rio de Janeiro, Brazil
ラベル:Marcel Carne
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2008年11月21日

Sam Wood, A Night at the Opera(オペラは踊る), 1935

マルクス兄弟傑作コメディ。これはもう腹がよじれて、声として「ハハハ」じゃなくて、「ククク」の次元も通り越して、「……」とほとんど無言で悶絶しなくてはならなくなっちゃうほど笑える。笑い死にするかもしれないので、心臓の弱い人は注意しましょう。

冒頭からいきなり唐突におかしなシチュエーションで、強引に笑いをとっていくその感覚、こいつらは絶対どこかおかしい。狭いキャビネに次から次へとたくさん人がはいっていっぱいになって、そのなかで平然とネイルしたり、最後には料理がきてお皿の上をすべっていくシーンとか、とにかく動きのおかしさが天才的。一つ一つのアクションをじっくり見せるチャップリンとは全然違う、混沌としたアクションの連続。船の上でのコンサートみたいなシーンでは、動きと音楽の面白さが一体になってなんともいえない充実した幸福感を与えてくれるし、最後のオペラのシーンではもう観客の悶絶死をたくらんでいるとしか思えないおかしさ。これは犯罪にならないのだろうか??

マルクス兄弟がなぜあれほど神格化されるのか、その理由がこの映画を観て分かった気がする。いままで、ビデオとかで見てもあんまりピンとこなかったんだけど、やっぱりスクリーンでみると、面白さの質が違ってくる感じ。チャップリンならTV画面で見ても面白いかもしれんが、マルクス兄弟はスクリーンが最適だと思った。これは、「笑える」という人間の感情をとことんまで追求してできた狂気の傑作だと思うのです。



ラベル:Sam Wood Marx Brothers
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2008年11月07日

Josef von Sternberg, Morocco(モロッコ), 1930

クーパーとディートリッヒ主演のこの(日本では)有名な映画、まだ若かりし頃に見たことがあったはず。でもそんなことはすっかり忘れていた。にしてもいい映画だ。こんな昔の映画がこんなに私たちを満足させてくれるというのはどういうことなんだろうね。

こういうのを見て恋っていうのが、女と男っていうのがどういうものなのか勉強するものなんだよなあ。初めてのバーでのやりとりの一つ一つをみなさん暗記しておいてほしい。どんなタイミングで、どんな言葉をかけるべきなのか、そういうことを勉強してほしい。これが完璧な男っぷり女っぷりというもの。ほんとーにかっこいい。そうそう、こういうのをかっこいいと思えるってこと、ということに自分も大人になったなあと感じるなあ。まあ、あれを実行できるかどうかはまた別だけどさ。

んで、何がすごいかっていうと、ディートリッヒが遠くから聞こえてくる楽隊の音を耳にして、はっと立つシーンだよね。あれだけで、彼女がクーパーのことをどれだけ愛しているのかが全部分かっちゃう。すごいよなあ、これが1930年ってことは、トーキーが本格化した初めての年だよ? すでにこの音の使い方。そんで、彼女のネックレスがひっかかってちぎれちゃうところなんか、演出として最高のものだよね。この監督、ほんとに偉大だってことがよく分かりました。

クーパーってでもいっつもこういう役の気がするけど、いいよねえ。ディートリッヒも容赦なく貫禄を見せてつけてくれる。なんてゆーか、こういう美男美女が哀愁漂う恋をする映画って、古い映画でしかないんだよねえ。どうしてだろ。大人の恋ってほんとにいいよなあ。男装、存在そのものが芸術的なディートリッヒ、そして退廃的な雰囲気、これが映画史において非常に重要な作品であるということは、この映画から漂うたとえないようもない高貴な雰囲気から分かるというものです。ほんとに。



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2008年08月16日

James Whale, Frankenstein, 1931

えーと、フランケンシュタインって、あの怪物を生み出した博士の名前だったんだ。あー無知って、恥ずかしい。まあ、とにかくこの映画、いろいろとつっこみどころ、じゃないや見所満載です。だいたい知っているだろうと思ったこの古典映画ですが、いざ見てみると案外知らない。そして、どのシーンもとてもよくできてます。うーむ、さすが70年以上生きながらえてきた古典。撮影にしても、なんかマジで燃えているところ撮影しているっぽいし、SFXとかなしでよく撮ったなあと思います。

『ミツバチのささやき』で挿入されていたあのシーンは、やはりこの映画の中でも重要なシーンで、フランケンシュタイン、じゃないや、怪物の人間性と無知の哀しさ、を語るところ。単に怖い存在なだけじゃなくて、とても悲しいお話しである、というところが、エリザの作品に挿入されるだけの価値を保っていたのだと思います。もちろん、少女や花嫁と怪物の対比、という、映画的としか言いようのないイメージを作り出したっていうのも大きいのですが。これは、一つの古典的なイメージとして、以降あまねく利用されることになったわけです。しかし、ボリス・カーロフはいかにも伝説にふさわしい顔しているなあ。よくまあこんなちょうどいい人がいたよなあ。

さて、思うのは、実際の生命を作り出そうというような映画は、今の時代にはもう作られなくなった。それがいかにも不可能そうだということがよくわかってきた、というのもその原因の一つだと思うけど、今はコンピューターがその代わりになっているからだよね。とすると、今から70年もすれば、今作られているコンピューターが人間になる、みたいなお話も、今私たちが『フランケンシュタイン』をメタフォリックなお話として見るような感じで未来の人は見るようになるのだろうか、などと思った。



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2008年07月17日

Howard Hawks, Bringing up baby(赤ちゃん教育), 1938

そうか、これがあの有名な『赤ちゃん教育』だったのか! と見終わって気がついた。こんな有名なの見てないんだもんな。screwball comedyはMonkey buisinessを昔見てから遠ざかっていてしまっていたけれど、もちろん死ぬまでにきちんと見ておきたいジャンル。

Katharine HepburnとCary Grantが出ているこの映画があれだけ伝説的であるのもよく分かります。これは、もう一部の隙もない。至る所天才的なひらめきに満ちていて、完璧。豹なんか普通出てこないでしょ、そんでなんか普通に演技しているし、Hepburnは最初から最後までぶっ飛んでいるし、とても異常です。あきれかえりますね。小道具が総て笑いのために利用されて、いかなる筋も笑いを取るために使われる。それもほんとうに見事な流れで、これだけメチャクチャな筋書きが、緻密に作られている。分かりますか? そのことのすごさが。つまり、これはほんとうにとんでもない才能のある人が作った傑作だということです。Hawksはまるで前衛芸術家のようだ。

信じられないことに、この映画は当時大こけしたらしい。さすがにちょっと前衛的すぎたんだろうか。ここまで常軌を逸した笑いが受け入れられる時代ではなかったんだろうね。これは、現代になって、ようやくその笑いのセンスが受け入れられるような、そんな作品なのでは、という感じ。まあ、天才というのは大変なものですね。とにかく、あまりに緻密に作られているので、笑いをこらえながらどうやって全部上手く結びついているのか、何度か見て確認したくなる。これが30年代だっていうんだから、うーん。



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2007年06月15日

René Claire(ルネ・クレール), Sous Les Toits De Paris(巴里の屋根の下), 1930

日本にヨーロッパのトーキーが入ってきたその最初期のもの(昭和六年日本公開)で、もちろんフランス最初のトーキー映画の一つ。

艶歌師がまだパリにいたときの話で、こういう職業は日本にもあったらしい。歌を歌ってお金を集める商売。この映画では、歌の楽譜を売ってお金にしている。そこで歌を聴いた町の人たちが夜になるとそれぞれその歌を歌っていて、アパートの上からも下からも歌声が聞こえてきたりする。

 んで、艶歌師アルベールとルーマニアからの移民ポーラがささいなきっかけで仲良くなって……という話。その娘が鍵を盗まれて自分の家には入れなくて、アルベールの家に泊めてもらうんだけど、ベッドで「laisser moi tranquille!」とか大騒ぎになって結局、二人とも床で寝たりする光景がとても微笑ましい。そのあと、ポーラをめぐってアルベールともう一人の男が喧嘩しそうになるんだけど、そのときにナイフをもっていないアルベールが差しだれたいろんなナイフをのんびり吟味したりするのも可笑しかったりなどなど。

 フィルムの冒頭ではカメラが舞台の斜め上からゆっくりと街角に近づいていき、最後は逆の進行方向でキャメラが遠ざかっていく。この手法は観客の想像力を映画が代弁していると言える。ほかでもこの映画のキャメラの場所はけっこうユニークで、いろいろな距離やアングルで撮っている。アルベールとポーラがベッドを挟んで床で寝るシーンのショットなんかはゴダールあたりがやっててもおかしくない。ほかにも光のないシーンで音だけがしたり、会話が聞こえないシーンでは音楽のリズムやボリュームを変えることによって効果を出したりと、手法的にはかなり凝っている。

 というわけで、今でも通用するテクニックを満載した、ユーモアあふれる豊かな映画。ちょっとミュージカルっぽくもある。SOUS LES TOITS DE PARIS, QUELLE JOIE POUR NINIと冒頭から響いてくる主題曲は、当時フランスですんごい流行ったらしい。淀川さんは大阪万博の時にクレールとこの歌を一緒に歌ったらしい。最近はカラオケにも入っているみたいなので、ぜひどうぞ。歌詞はこちら

ところで、少し前に、クレールのトーキー映画は、無声時代の映画と変わっていない、という発表を聞いたことがある。そんなの大嘘だ。音楽を使っていないとこの映画はなりたたない。

確かにこの映画は、初期のトーキー映画によくあるように、サイレントの手法とトーキーの手法が混ざった映画で、セリフが入っていない部分には音楽が入っている。けれどこのことは、これがサイレント時代の手法を使ったトーキー映画であるということを意味するのではない。というのは、セリフのところだけサイレントの手法(字幕)なのであって、トーキーは音楽や音を入れるために使われているからだ。例えば、アパートを下から上へと音楽が結びつけているシーンもあるし、ショット間を有意義につなぐために音を使っていたりすることもある。トーキー革命によって明らかに映画のイメージ間の関係は増えた。つまり、映画は豊かになった。そのことの証拠としてこの映画はある。そこんとこは、常識としてもっと普及させておくべきだと思う。


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