2009年04月15日

Elia Kazan, Wild River, 1960

見る機会がほとんどないだろうこの映画、しかしカザン監督のお気に入りらしくて、彼はこの映画が不憫でフォックスから買い取ろうとしたらしい。でもすごいいい映画で見られたのは幸運だった。詳しい解説は以下のページにあるので、ここでは簡単なことだけを書くことにする。

http://www2.netdoor.com/~takano/southern_film/wild_river.html

1930年代のアメリカ、洪水で苦しむテネシー川にニュー・ディール政策の一環としてダムを造っている。そのダムのせいで沈むことになる川中の島に強情なおばあさんが住んでいて、たちのこうとしない。そこに説得にやってくる男と、そのおばあさんの娘が恋におちる。この娘さん役のLee Remickが青い目をしていて神秘的だし若いし綺麗なんだよね。この娘さんとこの筋だけでもう名作って感じ。

カザンのほかの映画と同じくこれもセリフ劇って感じの映画だけど、画面に映っている家とかがすんごいリアル。虫も這ってるし、いつも雨が降っているしで、なんだか画面にほんと迫力がある。ぼろぼろの家が醸し出す臨場感みたいなの、そういうのを撮っている映画って最近見ないよなあ。そういうぼろぼろの家で子どもが二人いる女の子と恋に落ちる、なんかどうしようもなくリアルなんだけど、これ。でも、夢がなさそうな恋愛だけに、Lee Remickが迫るときのセリフはすごい、っていうか、そういうこと言われるのってどんな気分なんだろう。羨ましいものだ。そして泥のなかで男が言う「ぼくは後悔するだろうし、きみも後悔すると思うが…結婚してくれ」っていうセリフもまたよい。

1930年代の、アメリカ南部の雰囲気っていうのがすんごい出ている。それだけでほんとに価値がある。そして映画の最後、おばあさんの埋葬の時、ニルヴァーナもカバーしていたLead Bellyの"Where Did You Sleep Last Night?"を歌っているのにはびっくりした。そういや、同時代なのか。
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2008年12月31日

Billy Wilder, The Apartment(アパートの鍵貸します!), 1960

コメディという形式を借りないことには語れないようなことってのがある。これは本当に、コメディでないとあまりに辛いお話し。シャーリ・マクレーン演じるフランに片思いするジャック・レモン演じるボクサーの立場も、不倫する男にひたすら苦しめられるフランの立場も、どうしようもなく辛い。そして、息詰まった苦しい思いのする話を華のある役者たちと、多彩な道具立て、見事な筋の運びで完璧に語ってみせるその手腕。これはほんとに稀有な傑作だということが、ある程度歳を取ってみた今になるとよく分かる。

まず、ボクサーのキャラの造形。どうしようもなくお人好しで、下心なんてこれっぽっちもない。彼がフランと同じくらい、上司の立場についても心配しているところなんか、まさに絶妙のバランス。男というものを知っている立場から言わしてもらうと、これはほとんど神話的なまでに無垢なキャラクターだと言える。そして、もう無限大に優しい。自分の部屋で情事を楽しんだことのある、自分が好きな女性が自殺未遂をしたあとに回復するまでどうやってつきそえるか、という問いに対する完璧な答えを彼をやってのけるのである。これはほんとうにほれぼれする。

そして、シャーリ・マクレーンのキュートさ。これはほんとにキュートってものがこの世にあるとしたら、それは彼女によって創造されたと言っても過言ではない。それくらい神聖なまでにキュート。その彼女がどうしようもない男によって苦しむのである。そして私たちはそれを見ることによって心を痛めずにはおられない。女性ってもののこうした使い方、ワイルダーという人は女性の魅力ってものをほんとによく分かっていると思う。

一人芝居していても画面が持つほど芸達者なジャック・レモン演じるボクサーの無垢さ加減にノックアウトされ、シャーリ・マクレーンのキュートさゆえにその惨めさに心を痛める。これはそういう大人の映画です。最後のシーンは感動的なまでに美しい。



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2008年07月30日

Robert Bresson, Pickpocket(スリ), 1960

例によってストーリーはほとんど分からなかったが、まあそんなものはあってないようなものだ。実はブレッソン初体験。よく映画好きを気取っている連中が「ブレッソブレッソンブレッソン」とか言ってそうではないか。なんか日本の映画マニアみたいなのって、オタクのくせに偉そうにしているんだよな。まあ、そんなことはどうでもいい。

とにかく、この映画の特長は、ひたすら画面が暗いということ。夜の映像とかだと、ほとんど闇という映像になるんだけれど、日中でも輝度がすごく低く抑えられている。これは、目の弱い人のための配慮ではきっとない。

もう一つの特長は言うまでもなく、見事なスリのシーン。もう芸術的な手の動き。見事な沈黙の連携プレー。これ、外国旅行にいく前の日本人に、外国のスリの手口としてみんなに見せるべきだと思う。まあ、最近は、もっと乱暴な手口だとは思うが。ここで見られるのはとてもジェントルなスリ。これ、スリの親分役の人はやっぱり手品の人なんだって。つうか、手品師だったら、スリなんて簡単だろうなあ。そう、だから、まるで手品のようなスリ。それが見事なカメラで見せてくれる。スリの映画ってほかにあんまり見たことないけど、これがあんまりすごいのでほかに撮ろうという人がいなかったんだろうか。

もう一つの特長、というか見所は、きれいなきれいな女優さん。女優というより、ブレッソンなので素人さんらしいのだけど、Marika Greenという人。これだけきれいな肌できれいな人を、単に隣人、というだけで出させ続けるはずがない、というお約束、というか、美人性(?)がもたらす必然的な展開を最後で見せてくれることになります。ただ、残念なことに、この方、ほかの映画にはほとんど出ていない。まあ、素人にこれだけ美人な人がいるんだし、わざわざ高い金払って俳優雇うことはないよな、という感想を、映画史を知らないでいるのなら持ってしまいそうだ。もちろん、ネオ・レアリスモのフランス的展開であるからにはそのへんは当然なんですが……。

この映画、セリフもそれほど多くないのだから、無声映画時代に作られていてもよさそうな題材であるかに思えるんだけれど、この映画はやはり50年代以降でないと登場しえないものだ、という気もする。きっと、ドゥルーズがいうように、「触覚的視線」がそのポイントなのだろうけれど、そういうものがある時期から可能になった、というのはやっぱり不思議なものだ。



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2008年07月18日

John Ford, Seven Women(荒野の女たち), 1966

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この映画について、le moins fordienと、パンフには書いてあった。最もフォードらしくない、らしい。ところが、そうでもないんだな。これに対しては、no, it's a typical outraged ford' film, i thinkと答えたい。確かに、フォードの最良の作品ではないかもしれんが、悪くないし、彼は、なんというか、クリティカルな映画をよく作る人なんだよね。で、ここで批判されているのは中国人ではなくて、もちろん宣教師。というか、Margaret Leighton演じるAgatha Andrews先生。

ところで、どうして多くの人々はfordについて全く理解していないのか、これほど映画史的に評価の確立している、有名きわなりないことこの上ない監督について、何も理解していないのか、ほんとに理解に苦しむわけなんです。彼がよく撮るのは、西部劇にしても、インディアンを皆殺しにしてやろうという思いにとりつかれた偏執的な人間なんだよね。それを「インディアンを敵として描いた」とかみんな書くんだよな。ほんと、みんな頭というものを持ってないよね。彼はある種の人間の醜さというものを、これでもかこれでもか、というぐらいに撮りたがる人なんです。きっとものすごい怒りを持った人で、そのへんとても共感できる。yes he was an outraged person. no doubt.

そんでこの映画みて、彼は子どもの頃にキリスト教関係の教育施設で、ろくでもない信仰をもった大人たちにさんざんいやなめにあったのではないだろうかと思わせるわけですよ。そうでなければ、Petherがなんか暗唱しているところにAndrewsがはいってきて、「そんなこと授業でやって子どもたちがわかると思うのか!」などと怒らせたりしないと思う。これ、ほとんど冒頭の唐突なシーンで誰もがびっくりすると思うんですが、どうですか? そして、AndrewsがEmmaがDr. Cartwrightに惹かれているのをみて、ほとんど嫉妬心のような思いを抱いて、一種の愛の告白のような感じで「おまえは信仰をなくそうとしている」みたいに責めるシーンなんか、これ、そういう道で生きていくことを選んだある種の人間のある種のゆがみみたいなものをものすごく的確に描いているなあと思ってびっくりするんですが、どうでしょうか? まあ、そういうことを論じた論文なんかは探せばみつかるかもしれないなあ。

そして、びっくりなのがこれが1966年。フォード最後の映画。この二年後にここで超かっこいいお医者さんを演じたAnne BancroftはThe GraduateでMrs. Robinsonになるんだよね。さすがに、60年代になるとフォードも古くさくなっていたんだろうなあ、とこの二つを並べると思うね。それにしても、Anne Bancroftはすごい女優さんですねえ。
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