2012年01月12日

Roberto Faenza, The Soul Keeper (2002)

A Dangerous Methodを見て、これは完璧な失敗作だと思ったし、ユングとサビーナの描かれ方にしても不満が残ったので、同じ題材の違う映画を見てみることにした。というか、ぼくの知る限りでは劇映画としては他にこれしかない。

これは良作だった。というか、ワンシーン毎にA Dangerous Methodがいかに駄作だったかっていうのが浮き彫りになっていった。二人の関係についても、こっちのほうがもっと魅力的に描かれているし、なにより、もっと情熱的だ。それに、この映画には、クローネンバーグ版にあったような、フロイトやユングを描く側が価値判断してやろうというような変な気負いがない。

とくに構成が良くて、現代に生きるある女子学生がモスクワまで行ってサビーナの人生を調べる、という設定がある。これが案外良い。というか、後になってきいてくる。というのも、サビーナという人はほとんど忘れ去られえてしまっていた人で、この映画を観る、ということは彼女についての記憶を私たちが共有する、という作業でもあるからだ。

サビーナはユングと決別したあと、ロシアに帰り、幼稚園を経営するのだけど、そこに当時いた、という人が証言する場面がある。これが感動的で、サビーナという人がいかに特別な人だったか、というのがよく分かるようになっている。この映画ではユングが主役なのではなくて、サビーナが主役だ。

サビーナ役の女優さん、 Emilia Foxはほんとに可愛くて魅力的で、これはユングじゃなくても手を出すだろうなって感じ。この女優さんを見るだけでも価値がある。

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2011年09月24日

Michel Ocelot, Les contes de la Nuit, 2011

Michel Ocelotはキリクと魔女の人で、Les contes de la Nuitはこの人の新作だ。



今回も各地の伝説が例のアニメで語られる訳だけど、今回は各エピソードが、男女と一人の老人によってお芝居として制作される、という映画内劇という形をとっている。要するに、どうやって各エピソードの原作が見つけられ、作品としてできるか、という過程までわかりやすい形で伝えてくれているわけだ。これは、なかなか面白いし、互いに関係のないエピソードをうまくつなげる役目も果たしていたと思う。

映像は例によって美しく、映画館で見る価値はある。音楽もよい。でも、この作品の魅力は、さまざまな地域の伝説の魅力そのものを伝えてくるところにあると思う。この映画を見終わった後、ついつい金枝篇なんかを注文してしまった。


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2011年04月19日

Lucile Hadzihalilovic, Innocence, 2004

日本題で『エコール』と名付けられたInnocenceとゆー映画がある。
これはロリ映画としてちょっと有名になった。



これ、見終わるのに二週間かかった。
PVみたいな作りで細切れになっているので
なかなか先を見ようという気がおきない。
これはぼくの集中力が悪いのか、と思ったらこういうことを
言っている人がいて、大いに溜飲を下げた。

以下引用

「お前らはまだそんなことをやっているのか」

これでもかとばかりに古典的チャイルドポルノのベタな意匠を凝らしているものの、映画は確たる物語を語らず、人物は心を語らず音楽は鳴らず、何ひとつ説明がなされぬまま映画は終わる。作り手の、ハイこれアートでござーいという満足気な顔をスクリーンの向こう側に見た気がして、オレはげんなりする。ああ、またか。またこれなのか。

いいかげんもう21世紀なんだから、せめてこの手の映画はそろそろ絶滅してもいいんじゃないかと思う。キツいことを言えばこれ「お芸術」という万能の言い訳が、無能な作り手たちの避難所として利用されているだけだ。ヒキの強いチャイルドポルノの意匠をちらつかせ、アート系煙幕でドロンすればお芸術映画の一丁あがりというわけだ。こんなのは大昔からあるテキ屋的な手口で、お前らはまだそんなことをやっているのかと思う。いったいいつまでこれを続けるつもりなのだろうか。オレはこういうゴミの山をどんだけ漁れば、心から賛美できる1本のアート映画に出会えるのだろう。考えるだけで気が遠くなってジャンルとしてのアート系を敬遠せざるをえなくなり、だからオレはトム・クルーズが宙吊りになったりセガールが強すぎたりする映画ばかり観てしまうのかもしれない。

もうひとつ。意匠を利用しているもののこの映画がチャイルドポルノではなく、童女愛好者を満足させるためのものでさえないことは鑑賞前から判っていた(そのぐらいは経験で判る)。しかしそれにしても、作り手のこういったきわもの文化に対する「こんなもんだろ」というぞんざいな手つきは終始オレを苛立たせた。失礼ながら、映画を作るには敬意と勉強が全然足りないのではないかと思う



すごく同意できる。ほんとに現代のフランスの「芸術」ってのはこういう意匠レベルのものがすごく多い。というか、ほとんどがそういうものだと思う。まあ、コンテンポラリーアートってもののほぼすべてがそういうものだということもあるかもしらんが・・・

これの映像表現が直接的というか、暗喩が直球すぎるという意見もあって面白かった。
以下引用


僕が『エコール』を観て何で怒ったかというと、ああいう作品は映画として認めたくないからです。少女の無垢なる魂を表現するために少女の肢体や裸を撮影するというのは、チャイルド・ポルノとコンセプトが同じでしょう。それじゃあ映画じゃないじゃん。
例えば『千と千尋の神隠し』で千尋が初潮を迎えていることを気が付いた人は少ない。それは宮崎駿が直接的な表現を避けて、暗喩的に初潮を表現しているからであり、そういった表現から意味を読み取る事のが映画を鑑賞する醍醐味のはず。『エコール』はそれが無い。初潮を迎えたら生理ナプキンが出てくる。性に目覚めたら自分の体をまさぐる。死をイメージする時は本当に死んだふりをする。などといったあまりにも直球すぎる表現が延々と続きます。
一応比喩表現も色々あって「少女=蝶々」「性の目覚め=噴水」という表現をしているんだけど、どれも演出がしつこくて「観りゃわかるよ!」といった感じでした。



というか、千尋が初潮を迎えていたってのは初耳なんですが、どのシーンででしょうか。そういうのを見逃していたってのはちょっとショック。というか、ほかの意味でもショック。




この監督は、別の映画のほうがキテいるみたいね。同じ人が紹介しているけど、ちょっと面白そう。

『エコール』を撮ったのは女性監督のルシール・アザリロヴィック。彼女はやっぱりロリコン映画の『ミミ』を監督した人です。『ミミ』の内容も、少女がロリコンのおじさんに[イタズラされてショックと薬で意識不明になった上に、その少女暴行犯のおじさんがしゃあしゃあと知らん顔している所で映画が終わる]という、マトモな人間なら鑑賞後に怒り出す最悪映画です。もちろん良識ある僕も怒りました。何でこんな映画が一部のお洒落さんたちにウケていたのか疑問ですが、今評価するとしたら町○ひ○くの世界観を先取りしていた作品とも言えます。良識ある人間は町○ひ○くなんか読まないか。
というわけでルシール・アザリロヴィックはフランスの力○靖だとたった今僕が命名しました。彼女の作品からは女性ならではの感性を感じることはできませんが、性犯罪者の感性を感じることはできます。



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2010年06月29日

細田守、サマーウォーズ、2009

細田守は前作の『時をかける少女』が異常によかったので、新作を楽しみにしていた。これをフランスでやってくれたのはありがたい。これは、新しいことになんにも挑戦していない。それどころか、パスティッシュしかやってない。いわゆる「お約束」と「まね」のみで作られている。ところが、それが心地よい。

夏休みに親戚家に大勢集まるとか、しかもそれがほのかに思いを寄せている先輩の家だとか、高校野球を応援してたりだとか、ネットのシステムが暴走したりだとか、漫画によくあるネタと、夏によくあるネタ、最近よくあるネタなんかが絶妙な配分具合でごっちゃになっている。その配分がうまくて、オタク映画になってもないし、ただのネタ映画にもなっていない。これはうまい。

この映画一つを題材にするだけで、現代の日本文化についてすべて語れると思う。それぐらい豊かな作品だ。映像の出来もすばらしい。これだけ情報量があって、ポップでかつ先端のことを話題にしたアニメを作っているのは日本でだけ。これは、現代日本のある種の結晶のような作品だ。



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2009年04月14日

Tony Gilroy, Duplicity, 2009

Julia RobertsとClive Owenが演じるスパイ合戦映画。二人は恋人で、お互いに同じ会社のスパイチーム二杯って、ライヴァル会社の新製品に関する情報を盗もうとする。で、ジュリア・ロバーツが二重スパイをやっていて、ライヴァル会社の内部から情報を盗もうとするわけだけど、彼女の接触相手がClive Owenで、二人は数年前に一夜を共に過ごしたことがある。で、その二人のやりとりが冒頭で繰り広げられるわけなんだけど、次第に二人の関係がもっとややこしいことになっているということが分かってくる、というほんとに相当ややこしい映画。監督はThe Bourne Identityのシリーズの脚本家だった人で、この映画の脚本ももちろん彼。

ちょっと難しい筋が大人むけっていうのと、かなり作りこんだ映画だけに万人向けではないかもしれないけれど、ぼくはこれは今年の映画ベストテンを選ぶとき、『スラムドッグ・ミリオネア』に匹敵する映画だと思う。そんくらい気に入った。演出も完璧だし、主役二人の魅力もすごい。Julia Robertsでこんなに可愛かったっけ? Clive Owenってこんなにいい俳優だったっけ? 何より、二人のやりとりがほんとに面白い。いっつもお互いに腹の探り合いをしていてサイコーです。なんかすんごい古典的なものなんだよね、こういう大人のやりとりって。デビュークレジットのスローモーションのシーンなんかも最高だし、ほんとに隅々まで気が利いている。圧倒的なまでにエンターテイメントで知的で繊細だ。ああ、ほんとこういう映画ってアメリカでしか作られないのはなぜなんだろう。
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2009年02月25日

Costa-Gavras, Eden à l'Ouest, 2009

コスタ・ガヴラスはダスティン・ホフマンが出てた『マッド・シティ』なんかを撮った人で、日本でも知られている監督。これは、フランスにボートで密入国したアラブ系の青年がフランスをパリに向けて旅するという話で、いろんなことが起こる。

ついたのはヌーディスト・ビーチで、一度入ると食べ物食べ放題のすごく贅沢なところ。そこで彼はドイツ人婦人と懇ろになってかくまってもらったりする。そのあと、うまくビーチを抜け出して、フランスをヒッチハイクでたびする。そこでいっつも喧嘩ばっかりしている夫婦に拾われたものの、極寒のなかに放り出されるとか、いかにもありそうな小ネタを盛り込んでくる。そして、最後パリにつくと、人々の冷たさってのがしみじみを感じられる。個人的には、パリの街にあったテントの中がどうなっているのかを見られて満足。まあそういう映画。結局、Sans Papierのアラブ人を主人公に、フランスって国を描いているわけで、これはけっこうリアル。もしフランスって国ってどんなの?って聞かれたらまっさきにこの映画を見せたい、そう思った。
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2009年02月23日

John Patrick Shanley, Doubt, 2008

ダウト ~あるカトリック学校で~ [DVD]は、ペドフィリアの神父を描いた映画で、これをヨーロッパではディズニーが配給しているっていうので話題になった。ほんとに、なんでこんなのをディズニーが配給するのかわけわかんない。でも、すごい映画だった。

メリル・ストリープが、いかにもはじめは意地悪で厳格なシスターとして登場してくるのだけれど、これがPhilip Seymour Hoffman演じる神父と丁々発止のやりとりをする。なんというか、感情を表に出さないことを訓練している中年シスターの、しかし断固とした決意と精神力を感じさせる演技なのだ。この人の演技のおかげで、映画全体にただならぬ緊張感が漂っている。

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2009年02月12日

David Fincher, The Curious Case of Benjamin Button(ベンジャミン・バトン 数奇な人生), 2008

デヴィッド・フィンチャーってこんな大家だったんだね、知らなかった。なにしろ彼の映画を見るのは正直言うと、『エイリアン3』以来だから16年ぶりか。ってどんだけ見てないんだよって感じだよね、すいません。でも、これだけ上手い監督がいるなんて知らなかった。演出ってものがなんなのかを知り尽くしているよこの監督。

俳優たちもすごい。歳をとったり若返ったりするたびに交替するんだけど、別人という感じがしない。これはすごいことだと思う。ほんっとチャレンジングだと思うよ、これ。主人公が若返るって設定は、人生のさまざまな局面を極端な形で浮かび上がらせるために使われているんだと思う。それに俳優たちがよく応えた。傑作だなあ。

完璧な映画ってのはその完璧さが逆に欠点だったりもするのだけれど、ここまで完璧な作品ってのはそうそうない。必見。

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2009年02月10日

Steven Soderbergh, Che, 2008

ゲバラの写真はアメリカ帝国主義にみんなが嫌けがさしている今、反アメリカ、反資本主義のシンボルとして広く流布している。その今、あえてその英雄像をくつがえすための映画が作られた。しかもアメリカで。きっともともとの意図としてはゲバラをネタに映画を作れば売れるだろう、という英雄像にのっかった企画だったに違いない。ところがソダーバーグはここでとても常識的な批判精神を働かせて、一人の人間ゲバラを描いた映画を作った。まあ、題材がそもそも一人の実在した人間なので、それほど面白い映画になるわけはないのだけれど、監督はやりたいことをやりぬいてる、という感じはする。

第一部のほうは、いろんな映像がいりまじって提示されて飽きが来ないし、ゲリラ戦の描き方もなかなか面白いし、最後には長い戦闘シーンがあってもりあがる。ところが第二部になると、延々と続くゲリア戦だけが舞台で、かなり頑張ってみないと最後まで見れないと思う。ただ、どちらもゲバラがすごい人物だってことは観客には伝わってこないようにできている。実際のところ、戦場なんてそんなもんだと思う。そして、わざわざボリヴィアで死んだゲバラの行動からは、過剰な理想主義者で現実との折り合いがつきにくい人物という感じがする。この映画がゲバラの脱神話化ということをもくろんでいるのは間違いない。そして、この映画は英雄の一生を知りに映画館にいった観客の期待を裏切ったわけだ。それは痛快とも言えるし、自分の批判精神に馬鹿正直という気もする。


ラベル:Steven Soderbergh
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2009年02月05日

Pierre-François Martin-Laval, KING GUILLAUME, 2009


日本では公開されないようなのがほとんどのフランス映画をたくさん見ていると、よく映画に出ているのは日本で有名な美人女優さんなんかは案外映画に出ていないことが分かってくる。よく出ていて、気になるのはあんまり美男じゃないおじさんだったり、そこまで美人じゃない性格女優だったりする。ほとんどのフランス映画はスターで観客を呼んでいるわけではない、という感じ。

これはイギリスにある島を相続したフランス人夫妻のお話で、コメディー映画。何度もいうけど、フランス映画の99%はコメディー映画だ。島はほんとは六人しか住んでいないのに、相続させるために嘘をつく住人、王女さまになると聞いて盛り上がって散財する奥さん。まあそんなほんっとにたわいのない話。

監督のPierre-François Martin-Lavalが旦那役で、Florence Forestiが奥さん役。Florence Forestiが女王様だと思い込んでおもっきりなことをするのを見るのが一番楽しいシーンで、彼女のちょっとしたファッションショーみたいなのもある。この女優さん、かなりファニーで面白いなあ。そういえば、こういう声の低くて、ちょっとキャラが面白い人っているいる。親しみのわくキャラだ。


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