2008年12月10日

2008年ベスト

2008年ベストについてそろそろ考察するべき時がきたのではないかと思う。もちろん見ていない作品もたくさんあるのだし、ぼくは8月からしか見ていないので、それ以前の作品についてはまったく無知なのである。でも、友達の言うところによると、No Country for Old Men, In Bruges(Bons baisers de Bruges), Eldorado, Night and Dayがよかったそうだ。Eldrado以降はぼくも見た。

で、ぼくとしては、もちろんNight and Dayに加えて、Wall-E、クンフーパンダ、Walz with Basir、Le premier jour du reste de ta vie、Two Loversなんかがやはりトップにリストアップされる感じ。Die Stille vor Bachや、Mama Mia !もかなりよかったし、Wantedはアクション映画のなかでは一番すごかった。だいたいそんな感じかな。

秋にあまりいい作品がなかった気がするのが少し残念だけど、まあ終わりよければ全て良し。
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2008年12月08日

Saul Dibb, The Duchess, 2008

公爵夫人という題のKeira Knightley主演の時代劇。要するに彼女にコスチュームプレイをさせて、ひたすら苦しめさせちゃおうという感じのお話。お話自体はどこにでもありそうなものなのだけれど、これをキーラがやっているところがミソなのであり、そこにしかミソはないと言ってもよい。Hayley Atwelもまた魅力的だし、Dominic Cooperもかわいいけれど、やはりキーラの存在感を前面に出した画面の作りになっている。

とにかく、この監督はマゾだと思う。いや、サドかもしんないけど、とにかく、キーラが苦しんで苦しんで苦しめられる姿ばかりを二時間堪能できるのである。これは間違いなく、キーラのコスチュームマゾプレイを楽しむために企画された映画に違いない。っていうか、これ作ろうと思った人たちってのは度胸あるよなあ。これだけ女性がひどい目に遭う映画を作ろうなんてさ。でも、これがキーラだからこそいい。ほんとに。いや、というかもうこれだけでお腹いっぱいでほかに言うことはないんですがこの映画。



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2008年12月07日

Jean-Pierre Limosin, Takeshi Kitano, l'imprévisible, 1999

リモザンが"Cinéma, de notre temps"というテレビ番組の企画として数年間にわたって撮ったドキュメンタリーの一本で、これは総長時代の蓮實重彦が北野武にインタビューするというとんでもない企画。で、すんごい面白い。蓮實さんがけっこう変な質問を真顔で真剣にするのがなんともユーモラスなのである。

で、いろいろと北野監督に質問をして、どんどん語らせていくのだけど、子ども時代の母との戦いとか、映画における音とか、天使のテーマだとか、恋愛とか暴力の描写についてだとか、日本についてだとかいろいろ。

一番印象に残ったのは、あなたの作品では海はよくでてくるのにいつも砂浜にとどまっているばかりだという蓮實さんの指摘に、北野監督がぼくが夢を見ると山は幸せなイメージとしていつも出てくるのだけれど、海が出てくるときはいつも死んだりするような夢ばかりだ、とか言っていて、あー人によって夢に出てくるイメージの意味合いっていうのはほんとに違うもので、そういうのが彼のイメージの世界に大きな影響を与えているんだなあと感心した。

で、そのあとに『ソナチネ』での海辺での紙相撲のシーン挿入されて、そのモンタージュの仕方、コマ送りの早さを変えたり、音楽の挿入の仕方なんかが完璧で、実際の人間をコマ人形に見立てて紙相撲のまねごとをするシーンはただただ美しいのだった。

ある映画のある瞬間には、息をのむというしかないほど恍惚となるような美しいシーンがあることがたまにあるのだけれど、その紙相撲のシーンは滑稽だけれども美しく、今までにみた類がないものだったのだ。一緒に見ていた人たちはただ笑っていたのだけれど、あのシーンで声を失っているような人と映画について語り合いたいものだと思うのであった。
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2008年12月06日

Jean-Pierre Limosin, Tokyo Eyes, 1998

Jean-Pierre Limosinは2002年のNovoでファンになって以来、フランス映画祭でCarmenという新作を見たことがあったけれど、この日本で撮った伝説的な作品を見ていないままだった。ところが先日フランス人と日本人夫妻主催の映画の会でようやく見られたのだった。

終わった後、結局あいつは死んだのか生きているのか、とかフランス人がさっそく言い出したのには閉口したけれど、こちらで東京の1990年代の姿を思い出すというのはとても変な話だ。これは1998年公開だけれど、撮影は1997年で、それも1997年のけっこうはじめの方だと思う。なぜかというと、まだ公衆電話に「偽造テレカの使用は犯罪です」とか書いているから。あー懐かしいねえ。あの時代、上野にたくさんいた偽造テレカを売っていたトルコ人たちはどこにいったんだろうねえ。

で、武田真治と吉川ひなのがとても若い! うわーこいつらまだ十代じゃないのかって感じ。しかもけっこういい感じだし。これは監督の使い方が上手いのだと思う。武田真治とか日本の訳の分からない感じの若い男の雰囲気がとてもよく出ていた。吉川ひなののしゃべる日本語はどこかぎこちないほど丁寧なのが変だけれど、そこが逆に若い女の子がとても真剣に言葉を紡ぎ出している感じで悪くないのだ。こういう、必死でしゃべろうとする日本人がいる日本映画ってあんまりないんだよね。悪くないよ、ほんと。

でも、どうしてフランス人がこんなに東京っていう都市をうまく少し幻想的な仕方で見事に描き出すことができるんだろうねえ。まあ、国籍なんて関係ないのだろうけど、東京の、そして東京に住む人々のどこか病気っぽいところが題材になっているのは間違いないわけで、そういうふうにフンス人を惹きつけちゃう街っていうのはほんとに変な街だと思う。離れていると、ほんとに東京の変さ加減ってのがよく分かる気がする。



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2008年12月05日

Jean-Francois Richet, Mesrine : L'Instinct de mort, Mesrine : L'ennemi public n°1, 2008

70年代あたりのヤクザな連中の話ってのがここんとこよく上映されていて、このまえはLa Bande à Baaderというドイツ赤軍の映画を観て勉強になった気がする。で、こっちは同時代のフランスの犯罪者のお話で、なんと二部作になっていて、フランスが世界に送り出す大作映画なのだ。とくに二部のほうはどこかで見たフランスの俳優たちが勢揃いしているので、気合いがほんとに入っているんだと思う。ヴァンサ・カッセルもとてもよい。

で、ほんとに、え?これってけっこうほんとの話だったの?って一部を見終わって気づいたくらいで(二部があるってことも知らなかった)、まあ無茶苦茶しまくる人なんだよね、このMesrineって人。脱走した刑務所に戻って仲間を脱走させようとするわ、捕まってもなんか凱旋しているみたいな感じだし、もうヒーロー気取りなんだよね。あーこういうキャラが許される社会って日本ではありえないよなあとつくづく思った。フランスは犯罪者に寛容な国だ。まあ、寛容というかは、あくまで人間として扱うってだけだと思うけど。

だいたいこいつ、何回捕まって何回逃げたんだよ。三回か? もうこれはほんとお話し過ぎるって。よく出来過ぎ。女にもモテすぎ。最後の死に方も様になりすぎ。まあ、そんな映画。テレビとかでしてたら、けっこう真剣に見ちゃう映画だとは思う。



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2008年11月28日

Antoine de Maximy, J'irai dormir à Hollywood, 2008

J'irai dormir à...(……で眠りに行く)というTVシリーズがフランスであって、こないだ友達に教えてもらった日本編を見たところに、この映画のバンドアノンスが流れていて、あーこれかと思っていたのだった。よく見ると出ている人同じだし。で、世界中を舞台にしているこのシリーズをアメリカを横断する今回のやつを映画版として持ってきたという感じ。まあテレビでもよさそうだけど、これは面白い企画だし、映画として残しておくのも悪くないし、劇場でこれを見て知らない人と一緒に笑い転げるっていう体験もけっこう楽しい。

で、アメリカ。この国はすごいね。知らないよ、どう撮ったかなんて。なんか偶然を装っているけど、何日も同じ町にとどまっていい絵が取れるまで粘ったかもしんない。でも、たとえそうだとしても、ここで出会う人々やそれぞれの町の雰囲気とかちょっと想像を絶するものがある。セントラル・パークで出会った体柔らかいご夫婦も最高におかしいし、電車でであったこれから刑務所に行くって言うベトナム帰還兵もすごい。ケイジャンの人や、ナバホの人たちや、ニューリーンズもすごい。で、砂漠を走っていたらいきなり非現実なラスベガスに入るのもすごいし、海辺で寝泊まりしている40台くらいの人もすごい。

これ見てると、人と知り合って、その人の生活を知るのってとんでもなく面白いことだなあって思うわけ。なんか、不思議なことに、それぞれの人がとても愛おしく感じられてくる。なぜ映画でしか出会ったことのない人たちに、不思議な親愛の情を抱いてしまうのか。きっとそれは普通の映画でも感じることなのだろうけれど、ドュメンタリー映画だからこそ、そのことを改めて発見することができた。ドゥルーズは『シネマ2』で世界への信頼を取り戻させることが映画の役割だなんてことを言っているけれど、私は人々への愛を取り戻させることが映画の役割だと言いたい。そして、この映画はまさにその見本のようなものだと思う。
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2008年11月27日

Alfred Hitchcock, The Ring(リング), 1927

これはLa Cinémathèque de Toulouseの50周年ということを記念して上映された。なぜかというと、これは一度失われた後、映画館の近くのSt. Serninのpuce(ノミの市)で発見されたという曰く付きの映画だかららしい。それでかどうかはしんないけど、初めてCinémathèqueで上映されたとかどうとか。とにかくいつの話なのかは定かではないし、本当かどうかもよくわかんないけど、とにかくヒッチコックの無声時代の映画ってのは初めて見た。

で、ヒッチコックってのは20年代から70年代まで映画を撮り続けた人なわけで、映画の変化ってのを自分で引き起こしつつ変わっていった人なわけだ。なので、さすがにこの映画を観てもヒッチコックっていう感じはそれほどしない。無声映画時代の上手な映画という印象。でも、ところどころに結構実験的な手法が使われていて、熱心な人なら「ここがヒッチコックだ!」とか言えそうな感じはする。

11月26日がこの映画館の記念日だというのは、こちらに自分が来た記念日と一日違うだけで、なんだか運命的な結びつきを感じないわけにいかない。おもえば、この映画館があるおかげで、外に頻繁に出るようになったし、フランス語も覚えたし、ずいぶん助けられたような気がする。
ラベル:Alfred Hitchcock
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2008年11月25日

James Gray, Two Lovers, 2008

去年ちょうど同じ時期に見たこの監督の前作 We Own the Night(アンダーカヴァー)はこちらに来て初めて見た映画だったので、同じ監督の映画を二年続けて見れるというのはなんとなく嬉しいし、ある種の運命を感じる。去年のは同じJoaquin Phoenix主演だったけれど、どこか焦点を絞り切れていないような、消化不良な感じの映画だった。すごい力量はところどころ感じるのに、充分活かせていないような感じ。ところが今作はトレイラーを見た時点でかなりやばい気がした。実のところ、予告編でここまでびびっときたのは、ティエンチュアンチュアンの『小城之春』やホウ・シャオシェンの『百年恋歌』以来だし、欧米の映画の予告編でマジでびびっとくることなんて今までなかった。ところがこれだ。

映画作品のなかには、好きとか嫌いとかそういう次元を超えて、自分ととても直接的な関わりを持ってしまうものがごく稀にある。そういう映画ってのは、自分が今まで生きてきた人生に食い込んでくるので、いいとか悪いとか客観的に見れるのじゃなくて、そこに描かれるもののうちにそこに描かれていないものを生々しく見てしまう。そして、不思議なことに、そのように見られるように撮られている映画というのはあるのだ。俳優がその存在自体からしてとてもよいとか、アパートの使い方が上手いとか、会話がとてもよいとか、間が上手いとか、そういうことはすべて外面的なことであって、そこでほのかに揺れ動いているあこがれや寂しさ、どうしようもない思い、ぱっと燃え上がる嬉しさ、そういういろんな情念を私たちに直接与えてくる、それが映画だし、そうした情念の抱き方をするようになってしまうある種の人生というものを語ることなく語っている、そういう映画。

夏くらいからいろんな映画を観て、いくつか心に残る傑作に出会ったし、映画って面白いなあって心から思っていたけれど、でも自分が映画と直截な関係をもっていることはほとんど忘れていた。というのも、こういう映画にはここんとこ本当には出会わなかったからだ。とっても残念なことに、人との出会いでこうした映画との出会いほど強烈なものというのはほとんどない。きっと人間は映画より複雑で、知るのに時間がかかるからだと思う。にしても、映画ってのはほんとにダイレクトでありうるものだ。そのことを久しぶりに思い出してしまった。



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2008年11月21日

Sam Wood, A Night at the Opera(オペラは踊る), 1935

マルクス兄弟傑作コメディ。これはもう腹がよじれて、声として「ハハハ」じゃなくて、「ククク」の次元も通り越して、「……」とほとんど無言で悶絶しなくてはならなくなっちゃうほど笑える。笑い死にするかもしれないので、心臓の弱い人は注意しましょう。

冒頭からいきなり唐突におかしなシチュエーションで、強引に笑いをとっていくその感覚、こいつらは絶対どこかおかしい。狭いキャビネに次から次へとたくさん人がはいっていっぱいになって、そのなかで平然とネイルしたり、最後には料理がきてお皿の上をすべっていくシーンとか、とにかく動きのおかしさが天才的。一つ一つのアクションをじっくり見せるチャップリンとは全然違う、混沌としたアクションの連続。船の上でのコンサートみたいなシーンでは、動きと音楽の面白さが一体になってなんともいえない充実した幸福感を与えてくれるし、最後のオペラのシーンではもう観客の悶絶死をたくらんでいるとしか思えないおかしさ。これは犯罪にならないのだろうか??

マルクス兄弟がなぜあれほど神格化されるのか、その理由がこの映画を観て分かった気がする。いままで、ビデオとかで見てもあんまりピンとこなかったんだけど、やっぱりスクリーンでみると、面白さの質が違ってくる感じ。チャップリンならTV画面で見ても面白いかもしれんが、マルクス兄弟はスクリーンが最適だと思った。これは、「笑える」という人間の感情をとことんまで追求してできた狂気の傑作だと思うのです。



ラベル:Sam Wood Marx Brothers
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2008年11月07日

Josef von Sternberg, Morocco(モロッコ), 1930

クーパーとディートリッヒ主演のこの(日本では)有名な映画、まだ若かりし頃に見たことがあったはず。でもそんなことはすっかり忘れていた。にしてもいい映画だ。こんな昔の映画がこんなに私たちを満足させてくれるというのはどういうことなんだろうね。

こういうのを見て恋っていうのが、女と男っていうのがどういうものなのか勉強するものなんだよなあ。初めてのバーでのやりとりの一つ一つをみなさん暗記しておいてほしい。どんなタイミングで、どんな言葉をかけるべきなのか、そういうことを勉強してほしい。これが完璧な男っぷり女っぷりというもの。ほんとーにかっこいい。そうそう、こういうのをかっこいいと思えるってこと、ということに自分も大人になったなあと感じるなあ。まあ、あれを実行できるかどうかはまた別だけどさ。

んで、何がすごいかっていうと、ディートリッヒが遠くから聞こえてくる楽隊の音を耳にして、はっと立つシーンだよね。あれだけで、彼女がクーパーのことをどれだけ愛しているのかが全部分かっちゃう。すごいよなあ、これが1930年ってことは、トーキーが本格化した初めての年だよ? すでにこの音の使い方。そんで、彼女のネックレスがひっかかってちぎれちゃうところなんか、演出として最高のものだよね。この監督、ほんとに偉大だってことがよく分かりました。

クーパーってでもいっつもこういう役の気がするけど、いいよねえ。ディートリッヒも容赦なく貫禄を見せてつけてくれる。なんてゆーか、こういう美男美女が哀愁漂う恋をする映画って、古い映画でしかないんだよねえ。どうしてだろ。大人の恋ってほんとにいいよなあ。男装、存在そのものが芸術的なディートリッヒ、そして退廃的な雰囲気、これが映画史において非常に重要な作品であるということは、この映画から漂うたとえないようもない高貴な雰囲気から分かるというものです。ほんとに。



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